史跡で辿る、東海道宿場町コース「平塚宿編」

湘南 4時間45分

神奈川県内の東海道上には、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根の9宿が設営されました。このコースでは、「平塚」の名前の由来になったといわれる「平塚の塚」ほか、東海道五十三次の7番目の宿場町である「平塚宿」の史跡を辿ります。

周遊ルートに追加 0

シェアする

お菊塚

紅谷町公園の一角にあるお菊塚は、江戸時代の怪談話『番町皿屋敷』に登場するお菊の墓跡で、公園にひっそりと建っています。今も賑わう故郷・平塚で、お菊は静かに眠っています。

詳細

江戸口見附の跡

旧東海道沿いの、江戸側の出入り口にあたる「江戸見附」から、京側の「京方見附」の間の約1kmにわたり広がっていた平塚宿。江戸口見附は、明治初期の駐日イタリア公使のバルバラーニ伯爵が母国に持ち帰った写真をもとに復元されました。

詳細

脇本陣跡

江戸時代の宿場には、幕府関係者や大名を泊める宿として「本陣」があり、この本陣の補助的な役目を果たしたのが、「脇本陣」と呼ばれる宿舎でした。平塚宿内では唯一の脇本陣が、この場所に建っていました。

詳細

高札場跡

高札場とは、幕府や領主による最も基本的な法令を書き記した「札」が掲示された場所で、各宿場のほか村々にも設けられていました。平塚宿の高札場には、隣り合う藤沢宿や大磯宿への公定運賃なども表示されていたそうです。

詳細

本陣旧跡

東海道宿場町に置かれた高級旅館で、参勤交代の大名のほか、公家、公用の幕府役人などが宿泊したのが「本陣」と呼ばれる大旅館です。平塚宿本陣は、建坪163坪で、座敷数が20あり、門・玄関・上段の間が取り付けられていたと言われています。

詳細

京方見附の跡

初代歌川広重によって描かれた「東海道五拾三次 平塚・縄手道」の浮世絵はこのあたりからの眺めと言われ、背景に高麗山(こまやま)、手前に東海道の縄手道(畦道)と花水川が描かれています。

詳細

平塚の塚

旧東海道をややそれた「平塚の塚緑地」にある、「平塚の碑」です。一説では、ここが「平塚」の地名の由来の場所とされています。言い伝えによると、平政子という方がこの地で亡くなり、その柩を埋めて塚を作ったところ、塚の上が平らであったことから、里人がそれを「ひらつか」と呼び、これが地名となったといわれています。

詳細

あなただけの周遊ルートを作ってみませんか?

ツアーのカスタマイズ